「ジェノサイダー」を考え始めるまで
創作クラスタへの途上

90年代の末、聖闘士星矢のビデオをかいつまんで借りて、鋼鉄聖闘士の登場に目が点になったりとかしつつ。

CSのファミリー劇場で北斗の拳を母親に見せてもらったり、平成ライダーシリーズが始まったりした頃に自分は中学生になりました。ちょうど2000年です。近所のツタヤで聖闘士星矢・ヒット曲集Ⅰを発見し、レンタルしようとしたら「会員証がいります」と言われ、親に内緒でこっそり保険証(当時はまだ手帳型)を棚から持ち出して会員証を作り、親が寝ている隙に親のCDMDコンポを使ってCDからMDにダビングし、テスト期間中に親が居ない隙にキッズステーションでやってた聖闘士星矢の再放送をイヤホンで見ていたら親が帰ってきて怒られたり、住んでたマンションの最上階へ行って、ウォークマンで「永遠ブルー」を聴きながら1人で星矢のエンディングのマネしてたり(痛すぎる)割と星矢漬けな中学時代
当時はあざみ野に住んでたんですが、センター北に「セイヤクラブ」なるお店があると聞いて行った時の衝撃も凄まじかったです。「セイヤクラブ」の思い出話は非常に長くなるので割愛しますが…

 
LPレコードを買って、親父のターンテーブルで鳴らし、電源を切ったら声が低く遅くなって弟とゲラゲラ笑いながら遊んだのも良い思い出です。(自分は物心つく頃にはCD/MD/カセットが主流でレコードにはほとんど触れた事がなかったので、音程が低くなるのが非常に楽しかったんですよね)

中学1年生の末頃、友人が遊びに来た際に仕舞い込んでいたファミコンを引っ張り出して、友人の間でちょっとだけファミコンがブームになったりしました。当時自分の周りでは「ソフトは残ってるんだけど、ファミコンがもう無い」という人が何故か多かったので、そういった友人が家に来て懐かしいファミコンソフトを起動して遊んでまして。その友人の一人が持ってきた中に、聖闘士星矢の黄金伝説完結編もありました。

※これは後年購入した状態の良い中古品です

原作に沿った展開を目指せば進められるゲームだったので、当時そのまま友人に借りて夢中になってました。

「ああ、リアルタイムで星矢に触れられた人たちが羨ましい」

星矢漬け…とは言っても、中学生時代は先述の平成ライダーシリーズがきっかけで特撮ヲタクにもなってましたし、中学1年生の時にはゲームセンターの「機動戦士ガンダム 連邦vsジオン」稼動がきっかけでガンダムの世界に足を突っ込んだりもしていました。中学3年生の末頃にはPS2のドラゴンボールZが発売されたり、今思えば、2000年頃はちょうど過去作のリバイバルブームだったんでしょう。星矢のプラモデル再販時やガチャポン化した時には大喜びで購入したのも覚えてます。

ゲームといえば、母親とデパートのゲーム売り場に行って、「これなんかどうだ」と勧められて「タツノコファイト」というしょうもない格ゲーを買わされ買い、そこからタツノコのヒーローに少し足を踏み入れました。
ずっと言ってる通り、自分は昔から等身大のヒーローが好きでしたから。特にお気に入りだったのはキャシャーンでしょうか。

変身しないヒーローというのが斬新でしたし、デザインもシンプルながら格好良かったですし。

ここまで書けば概ね察しが付くかもしれませんが、この時点で当時のアニメをほとんど追いかけていませんでした。後々、同世代と「子供の頃に観ていたアニメの話」をすると、90年代前半の作品では話が出来ても90年代後半から2000年代前半期のアニメではまったく会話ができなくなります。(一応この時期のアニメでも、後に視聴したスクライド等、例外的に好きなアニメもあるといえばあるんですが)
この時期は「萌え」の黎明期で、エロゲーを原作にした男性向け美少女アニメが隆盛し始めた時期でもありました。「俺の求めてるのはコレじゃない。俺の求めているものは現代に無い」「やはり過去の作品を観よう」そんな歪んだ考えがより強くなります。こまめにアニメをチェックしてれば、スクライドのような作品にリアルタイムで出会えてもうちょっと柔軟な姿勢になれたのかも知れませんが…。

追い討ちをかけるかのように、この時期からアニメの制作がデジタルに切り替わります。デジタル移行期は制作側も手探りだったのか、配色のドギツイ物が多かったり、拡大縮小をはじめCGの濫用も目に付きました。当時放送してた「ゲゲゲの鬼太郎」は早起きして楽しく見てたんですが、デジタル彩色になった途端に鬼太郎らしい上品な画面が何処かへ行ってしまい、テカテカした下品な色味になってしまったのはショックでしたし、その辺りから見なくなりました。


はてさて…遅くなりましたが、わたくしの創作活動の追想記を。

 

少し遡りますが、小学生時代は「漫画家になろう!」という夢を抱いて自由帳に漫画を描いてました。
小学4年生の時(1997年)にマーズ・パスファインダーによる火星探査が話題になっていたので、「逆に火星人も地球に探査船とかを送り込んできたら面白いんじゃないの?」という漫画を自由帳に描き始めました。


こうして生まれたのが火星人です。学生時代は自画像の代わりにしたり、線が少ないので自作アニメでは重宝してました。昔ながらのよくあるタコみたいなデザインですけど、そこそこ気に入ってます。

しばらくは火星人の漫画、パワプロのキャラを使った漫画、ポケモンの漫画とデフォルメされたキャラクターを描いてたんですが、それこそ中学2年生の時に、「コメディタッチだけど格好良いヒーロー物の漫画を描いて漫画雑誌に送ろう!」と思い立ってしまったわけです。

こうして、はじめて人間キャラクターを真面目に描きました。
真面目に描きました。
「(俺は昔のアニメのキャラが格好良いと思うから)頭はギザギザで赤いTシャツを着てて目つきはちょっと悪い感じにしよう!」
と、描いたのがコレだったんですよ。

そもそも、人間のキャラクターを描き始めた起点がココでした。
直後に漫画を描いて送って、その結果が返って来る頃には画力がここから数段ステップアップしていたので、返送されてきた漫画は既に見返したくない状態だったのを覚えてます。恐る恐る批評をチラ見たら案の定ボロクソに書かれてて、かなり早い段階で原稿と一緒に処分したような記憶があります(苦笑)

このヘンテコで稚拙なヒーローが、後に設定を再編成されて「特装司令レギオス」として生まれ変わるのですが、それは7年先のお話。

こんなヒーロー物を夢想する一方で、母親の買ってた陰陽師を読んでいて「ああ、平安文化いいなあ。十二単いいなあ。まろ眉毛のぽっちゃりさんが美人だったのいいなぁ…^q^」なんて事を思っていたらとってもムラムラしてきて、「ストーリーとかは思い浮かばんけど、平安時代の夫婦を考えよう」と思い立ちました。夫婦なら当然セックスしてるだろう、という設定がついてくるから。中学生のエロガキ並の発想だ。そうしてキャラクターを考えたのが受験の少し前の中学3年生の時。国語の便覧をみて適当に名づけたキャラクターの名前が長岡頼通(ながおかのよりみち)さん。パワプロのゲームに出てくる江崎というキャラクターがモチーフで、それに頑張って口と鼻を付けたんだと記憶してます。

 

この人たちは、しばらく物語とかがしっかり固まらず(何となく、平安時代に封印され、現代に蘇って敵と戦う…というざっくばらんなプロットはあったんですが)、キャラクターメインの創作クラスターよろしく、キャラクターの絵だけを延々と紙に描いて自己満足に耽る状態がしばらく続きました。

この人たちもまた、紆余曲折を経て6年位後に「そうだ、星矢みたいなクロス物を考えるんだったら、俺の愛するこのオリキャラたちを活用すればいいんだ!!」と、やっと世界観を獲るに至ったのでした…


とか

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